今の世の中を複雑にしている要因のひとつに「なんにでも名前をつける」ということがあるんじゃないかって思ってます。テレビやネットの記事を見てても「へー、それってそんな風に呼ばれるんや」って思うことが多々あり。

言葉できちんと定義されるというのはわかりやすくていいんだけれど、その言葉の意味について議論が巻き起こることも多い、場合によっては炎上したり人間関係が悪化する場合もある。

僕らの周りには単純にひとつの言葉で言い表せないことがたくさんあるんだけど、それらひとつひとつに名前をつけることでそれぞれの言葉と意味の辻褄合わせに時間を取られてしまってるんじゃないかな。

ものすごくたくさんのことを、ひとつの言葉に押し込んで、その言葉の意味をうまく共有できないがために無用な議論が巻き起こる。

だったら、名前なんてつけなきゃいいのに。広い概念さえ共有できていれば、僕らはコミュニケーションできるんじゃないかな。それでコミュニケションできる相手とだけやっとけばいい。

ネットはムダに人を繋ぎすぎた、人はデジタルになりすぎた、機械の世界では”undefined”は許されないけれど、人間の世界では”undefined”を許容しなければいけないんじゃないだろうか?むしろ、それをできるのが人間なのではないかな。

“undefined”を許容し、”undefined”を共有できるのが人間らしさだと思う。

今、世の中に溢れた名前たちをひとつひとつ消して回りたい。